ターミナルケア・終末期介護 死を待つ高齢者

ターミナルケアという言葉を最近、耳にすることが増えたと思います。

終末期のお世話をすることですが、例えば、病院などで現代医学では助からない病気や、末期がんの人がホスピスで受けるケアのことですね。  

私たちのような高齢者介護の現場でのターミナルケアは高齢のために(病気の影響もありますが)衰弱して『死』に向かっていく中でのケアということになります。

で、私が所属するユニットに97歳になる方がいます。
その方は、毎日のように、

「はやく死にたい」 「家へ帰りたい」  「えらいで死にたい」

などと、言われます。
その方は延命措置も望んでいません。

実際には家族が延命措置を望んでいないといったほうが正しいのですが・・・

このような方を毎日お世話していく中で、思うことがあります。

今は、福祉施設がたくさんできており、介護から開放されている人たちがたくさんいます。しかし、一度、福祉施設に入所してしまうと家族の足は遠のきます。

残された(といっては失礼ですが・・)高齢者はその施設から自宅に帰ることはほとんどありません。

死を迎えるときも、自宅ではなくその施設で死を迎えます。
人間、住み慣れた自宅で家族に見守られながら逝きたい・・
と、願う人が多いのではないでしょうか。

ですから、介護をする身としては、家族ではないけどその高齢者のかたが、安らかに死を迎えることのお手伝いをしなければいけないと思います。

病院ではないので、激しい痛みなどに対応しきれないときもたくさんあります。

「入院させてあげればいいのに・・・」

と、家族に対して思うこともあります。

家族の中には。
「入院するとお金がかかるから施設でなんとかしてほしい。」
という考えの方もいるようです。

老人ホームは、特に特別養護老人ホームは病院ではありません。
医師や看護師も24時間体制ではないのです。

もちろん、介護福祉士はたくさんいます。
ある程度の医学の知識や、応急処置の知識などもありますが、医療行為はできません。

福祉施設
を利用する家族の方々もそのことを知っておいてほしいと思います。
この記事へのコメント
将来自分もお世話になるかもっておもったら、こういう知識はあったほうがいいね。かなり考えさせられるブログデス。
応援してマス。
Posted by あや at 2007年04月13日 20:52
人は旅人。人生は修行…。施設で過ごすことも決まっていた人生なのか…。人の最後は通過点なのでしょうか? 畳のうえで(自宅で)家族に看取られるのが普通であってほしい。しかし、ターミナルと診断が出てから いつ亡くなるのかは分からないこと
 昔から病人(床に伏した人)がいると家が傾くと言った表現があったかもしれない。ターミナルの老人を在宅に戻すことは、その家を駄目にすることなのかもしれない。老人につきそい働くこともできなかったら… 
老人につきそい眠ることもできなかったら…

 人は道徳心をとるべきなのか、生きていくために我が人生をとるべきなのか?
私は介護の現場にいながら、答えを出せないでいる。答えをさがして 老人と生活している。
Posted by neo at 2011年09月24日 02:10
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